Dの

プログラム言語のある機能xxxの前に「Dの」という冠詞をよく見かけるようになりました。
そして、私はそれに恐怖を覚えております。
Dは独特の機能も多いものの、基本的にC系優勢の世の中では埋もれてしまっていたもののほかの言語には古くからあったものをサルベージしたようなのが多いので、「Dの」を見るたびに、非C系の人間としては無性に何か言いたくなるのです。
このままだと、史実が歪められてしまいそうな勢いすら…。
だからって私が不利益をこうむるようなことは無いという必要充分な理由があるため、いちいちコメントをつけて回るような行為に走りそうな自分を抑えておりますが、腹に溜め込んでいるとD言語が嫌いになれてしまいそうですので、ここへ吐き出す次第。
最近autoを型推論と呼んでしまっている*1のを見て、Eiffelの例外処理*2から単なるassertを実行するタイミングの提供に成り下がったDBCを思い起こし、一般に使われている意味であろう菱形にならない多重継承から単なるマクロ展開になってしまったMixinを思い起こし、よく知られてはないけれど難しくも便利そうなものが、上手く利用?されて、「Dの」になってしまっているのではないか、と一旦邪推してしまうと、もう止まらないというかですね…。
ああ、書いちゃった。すっきりした。

*1:コンパイラが型を知っている場面で型を省略できるようにしただけであって一般に型推論と言えばそれであろう関数型言語のそれのように使われ方まで見て型を導き出しているわけではないですからね…。

*2:EiffelのDBCは例外処理です条件が破れると例外飛んでrescueとかretryとかできます決してassertみたいな絶対厳守即落ちの強いチェックじゃないです通信に失敗したとかファイルが開けなかったとかそんなのも範疇です。